#12 スイスのフランス語|フランス語コラム

フランス語は、フランスだけでなく、ヨーロッパや北アメリカ、アフリカなど、世界のさまざまな地域で使われています。そのため、同じフランス語でも国や地域によって語彙や発音、表現に違いが見られます。
その代表的な例の一つが、スイスで話されるフランス語です。
スイスは、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語が共存する多言語国家です。その中でフランス語は、主に西部地域で使われています。フランスで話される標準的なフランス語と大きく異なるわけではありませんが、数の数え方や一部の語彙、発音、言語環境にはスイス独自の特徴があります。
この記事では、スイスのフランス語がどのようなものなのか、フランスのフランス語とどのような違いがあるのかを解説していきます。
1. スイスは多言語国家である
スイスのフランス語を理解するには、まずスイスという国の言語環境を知る必要があります。
スイスは多言語国家として知られており、以下の4つの言語が公用語に定められています。
- ドイツ語
- フランス語
- イタリア語
- ロマンシュ語
このうち、最も話者が多いのはドイツ語です。そしてフランス語は主にスイス西部で話されています。このフランス語圏は一般的にロマンディと呼ばれます。
スイスの主なフランス語圏の州には、次のような地域があります。
- ジュネーブ州
- ヴォー州
- ヌーシャテル州
- ジュラ州
- フリブール州(一部)
- ヴァレー州(一部)
スイスでは、住む地域によって日常的に使う言語が大きく変わります。このような環境の中で、スイスのフランス語は独自の特徴を発達させてきました。
2. 基本的には標準フランス語に近い
スイスのフランス語とフランスの標準フランス語を比べると、両者の文法構造はほとんど同じです。動詞活用、冠詞、名詞の性、形容詞の一致、時制、接続法など、フランス語学習で扱う主要な文法項目は、基本的にフランス本国のフランス語と共通しています。
また、書き言葉に関しても、スイスのフランス語とフランス本国のフランス語の違いはそれほど大きくありません。新聞記事、公式文書、学校教育、ビジネス文書などでは、標準的なフランス語が使われます。
もちろん、完全に同じというわけではありません。日常会話では、スイス特有の語彙や言い回しが使われることがあります。また、数の数え方や一部の生活語彙には、フランス本国との違いが見られます。
しかし、それらは基本的な意思疎通を妨げるほど大きな違いではありません。スイスのフランス語は、「標準フランス語を基盤とした地域的なバリエーション」と考えることもできます。
英語でいえば、イギリス英語、アメリカ英語、カナダ英語の違いに近いものです。語彙や発音に違いはありますが、基本的には同じ言語として通じ合うことができます。
3. 数の数え方がフランスと異なる
スイスのフランス語で有名な違いの一つが、数詞です。例えば、フランス本国では 70、80、90 を独特な形で表します。
- 70 = soixante-dix(60 + 10)
- 80 = quatre-vingts(4 × 20)
- 90 = quatre-vingt-dix(80 + 10)
この数え方は、フランス語学習者にとって難所の一つです。
一方、スイスではより規則的な形が使われます。
- 70 = septante
- 80 = huitante(地域による)
- 90 = nonante
英語の seventy, ninety に近い発想で、フランス語学習者にとっては標準フランス語よりもわかりやすいと思います。
なお、80については、ヴォー州など一部地域では huitante が使われますが、多くの地域ではフランス本国と同じ quatre-vingts が使われます。
4. 独自の語彙が存在する
スイスのフランス語には、フランス本国ではあまり使われない独自の語彙があります。
代表的な例の一つが、食事の呼び方です。フランスでは一般的に、次のように呼びます。
- 朝食 = petit déjeuner
- 昼食 = déjeuner
- 夕食 = dîner
一方、スイスでは伝統的に、次のような呼び方が使われることがあります。
- 朝食 = déjeuner
- 昼食 = dîner
- 夕食 = souper
déjeuner は標準フランス語で 「昼食」を指すのに対して、スイス・フランス語では「朝食」を意味しており、食事名が一つずつずれているような形になります。
さらに souper(夕食)という単語はフランス本土ではあまり使われませんが、スイスやベルギーでは比較的よく使われます。
5. なぜスイス独自のフランス語が生まれたのか
スイスのフランス語に独自の語彙が存在する背景には、スイス特有の歴史、政治、そして言語環境があります。
スイスは、長い歴史の中でフランスとは別の国家として発展してきました。そのため、同じフランス語圏であっても、社会制度、教育制度、行政制度、生活習慣などがフランス本国とは異なる形で形成されてきました。
この違いは、日常語にも影響を与えています。たとえば、行政、学校、公共サービス、軍制度などに関する語彙には、スイス独自の制度を反映した表現が多く見られます。
つまり、スイスのフランス語には、スイス社会そのものを表すために生まれた語彙が存在しているのです。
さらに重要なのが、多言語国家としての環境です。
スイスには4つの公用語があり、特にドイツ語はスイス国内で最も多く話されている言語です。そのため、フランス語圏に住む人々も日常的にドイツ語話者と接する機会があります。
この長年の言語接触により、スイスのフランス語はさまざまな影響を受けてきました。その結果、スイスのフランス語には、次のような語が混在しています。
- 古いフランス語表現がそのまま残った語
- フランス本国では使われなくなった語
- ドイツ語やイタリア語の影響を受けた語
- スイス独自の制度や文化から生まれた語
言語変化のスピードや方向は地域によって異なるため、フランスでは消えた古い語が、スイスでは現在でも自然に使われていることがあります。また、借用語だけでなく、表現の仕方や言い回しにも他言語の影響が反映されています。
このように単語や表現を見ていくと、その背後にはスイスの歴史、多言語環境、文化的背景が色濃く反映されています。
6. スイスのフランス語は学ぶ必要があるのか
フランス語学習者の中には、「スイスのフランス語も学ぶべきなのだろうか」と気になる方もいるかもしれません。
私の考えでは、初学者の段階では無理に学習する必要はなく、まずは標準フランス語をしっかり身につけることが最優先です。
なぜなら、スイスで話されるフランス語の土台は、フランス本国で使われる標準フランス語とほぼ同じだからです。文法、動詞活用、基本語彙、文章構造など、フランス語学習で最初に身につけるべき内容と大きな違いはありません。
そのため、これからフランス語を学び始める方や、まだ基礎文法を勉強している段階の方は、まず標準フランス語に集中しましょう。
一方で、次のような場合には、スイス特有の表現を知っておくと便利です。
- スイスに留学・移住する予定がある
- スイス企業と仕事をする
- ジュネーブなどの国際機関で働きたい
- スイス文化や歴史に興味がある
- スイス人と日常的に交流する
もちろん、スイスのフランス語話者の多くは、フランス本国の表現も理解しています。そのため、外国人が標準フランス語を使っても通常は問題なく通じます。
まず標準フランス語を身につけ、必要に応じてスイス特有の表現を覚えるのがおすすめです。
7. まとめ
スイスのフランス語は、多言語国家スイスの4つの公用語のうちの1つで、標準フランス語に非常に近い言語です。スイスのフランス語の特徴としては、次のようなものがあります。
- スイス西部で話される
- 基本的な構造は標準フランス語と同じ
- 70・80・90の数え方が異なる
- 独自の語彙がある
- 周辺国の言語、特にドイツ語の影響を受けている
スイスのフランス語を知ることで、フランス語という言語の多様性をより深く理解できるはずです。




