#4 古フランス語とは?|フランス語コラム

フランス語の歴史をたどっていくと、「古フランス語(Old French)」という言葉を目にすることがあります。フランス語を学び始めたばかりの方にとっては、あまり馴染みのない用語かもしれません。
しかし現代フランス語を深く理解する場合、古フランス語について知ることは非常に重要です。
なぜなら現代フランス語の特徴である、「綴りと発音のずれ」「複雑な動詞活用」「名詞や形容詞の変化」といった要素の多くが、古フランス語の時代にまでさかのぼるからです。
つまり、古フランス語を知ることで、「なぜ現代フランス語はこのような形なのか」を理解する助けになります。
この記事では、古フランス語とは何か、どの時代に使われたのか、どのような特徴を持っていたのかを説明していきます。
1. 古フランス語とは何か
古フランス語とは、おおよそ9世紀から14世紀ごろにかけて使われていたフランス語の古い形を指します。
これはラテン語から発展したフランス語が、まだ現代フランス語の形になる前の段階です。
フランス語の歴史は、大まかに次のように区分されることが多いです。
- ラテン語
- 俗ラテン語
- 古フランス語
- 中期フランス語
- 近代フランス語
- 現代フランス語
古フランス語は、この流れの中で俗ラテン語から分化して成立した最初の「フランス語らしい言語」といえます。現代フランス語の祖先と考えるのが最もわかりやすいと思います。
もちろん、当時の人々は自分たちの言葉を「古フランス語」と呼んでいたわけではなく、あくまで後世の言語学者が分類のために用いている名称となります。
2. 古フランス語はどのように生まれたのか
古フランス語の起源は、ラテン語にあります。ローマ帝国がガリア地方(現在のフランス)を支配すると、この地域にはラテン語が広まりました。
ただし、そこで使われていたのは文学的な古典ラテン語ではなく、日常会話で使われる俗ラテン語でした。この俗ラテン語が、地域ごとに異なる発展を遂げていきます。
ガリア地方では、主に次の要素が言語変化に影響を与えました。
- ケルト系言語(ガリア語)の影響
- 地域ごとの発音習慣
- ゲルマン系民族(フランク人)の影響
- 中世社会の変化
特に大きかったのが、フランク人の影響です。
フランク人はゲルマン系民族であり、彼らの言語はラテン語とは大きく異なっていました。フランク人が支配層になることで、ガリア地方のラテン語には語彙や音声面で新しい変化が生まれました。
この長い変化の結果、9世紀ごろには、もはや古典ラテン語とは別の言語と呼べる段階に達します。それが古フランス語です。
3. 古フランス語が話されていた地域
ここで重要なのは、当時のフランスには、現在のような統一された標準フランス語が存在しなかったという点です。中世のフランスでは、地域によって異なる言語や方言が使われていました。
特に有名なのが、次の二つです。
- オイル語(langue d’oïl)
- オック語(langue d’oc)
この名称はフランス語で「はい」を意味する言葉に由来し、北フランスでは「oïl」、南フランスでは「oc」が使われていました。
後に、北フランスで話されていたオイル語が標準フランス語の基盤となりました。
4. 古フランス語の文法的特徴
古フランス語の文法は、現代フランス語よりもラテン語に近い特徴を残していました。特に大きな違いの一つが、格変化の存在です。
ラテン語には複雑な格変化がありましたが、古フランス語ではそれが簡略化され、主に次の二つの格が使われていました。
- 主格(cas sujet)
- 斜格(cas régime)
主格は主語として使われる形です。一方、斜格は目的語や前置詞の後など、主語以外の役割で使われる形です。
例えば、古フランス語では「王」を表す語に、次のような違いがありました。
- li reis:王が、王は(主格)
- le rei:王を、王に、王の(斜格)
例文で見ると、次のようになります。
- Li reis tient la cité.
(王は町を支配している)
この文では、li reis は主語なので、主格の形になっています。一方で、次のような文では、王は主語ではないため斜格の形になります。
- Il voit le rei.
(彼は王を見る)
この文では、le rei は目的語なので斜格になっています。
このように、古フランス語では、詞が文の中でどの役割を持つかによって、形が変わることがありました。
現代フランス語では、このような名詞の格変化はほとんど失われています。ちなみに、先ほどの文は現代フランス語なら次のようになります。
- Le roi tient la cité.
(王は町を支配している) - Il voit le roi.
(彼は王を見る)
現代フランス語では、どちらの場合も同じ le roi という形を使います。
つまり、古フランス語では名詞の形そのものが文法的な役割を示していましたが、現代フランス語では、主に語順や前置詞によって文中の役割を表すようになったのです。
5. 古フランス語の発音
古フランス語の発音は、現代フランス語とかなり異なっていました。
現代フランス語で語末子音が読まれない単語でも、古フランス語では発音されることが多かったと考えられています。
つまり、現代フランス語の綴りが複雑に見える理由の一つに、古い発音を文字が保持していることが挙げられます。
例えば、現在のフランス語では、以下の単語の語末子音は通常発音されません。
- petit
- grand
- temps
しかし、昔はこれらの子音がより明確に発音されていました。つまり現代の黙字は「意味のない文字」ではなく、歴史の痕跡なのです。
6. 古フランス語の語彙
古フランス語はラテン語を基礎としながら、さらに複数の言語的影響を受けて発展した言語です。
ケルト系のガリア語、ゲルマン系のフランク語、さらに中世のノルマン系の影響なども受けています。
例えば、古フランス語には次のような語彙が見られます。
| 古フランス語 | 現代フランス語 | 意味 |
|---|---|---|
| rei / roi | roi | 王 |
| cheval | cheval | 馬 |
| amis | ami | 友人 |
| amur / amor | amour | 愛 |
| cuer | cœur | 心 |
| seignor | seigneur | 主君、領主 |
| chevalier | chevalier | 騎士 |
| maison | maison | 家 |
| terre | terre | 土地、大地 |
| parler | parler | 話す |
これらを見ると、古フランス語の語彙の中には、現代フランス語と非常によく似ているものが多いことがわかります。
cheval、terre、maison、parler などは現代フランス語とほとんど同じ形です。
一方で、cuer が現代フランス語の cœur になったように、綴りが変化した語もあります。また、seignor は現代フランス語では seigneur となり、見た目も発音も変化しています。
このように、古フランス語の語彙を見ると、現代フランス語との連続性と変化の両方が見えてきます。
7. 古フランス語は現代フランス語に何を残したのか
古フランス語は、単なる過去の言語ではありません。古フランス語の重要な点は、現代フランス語の基盤を作ったことにあります。
以下のような現代フランス語の多くの特徴は、古フランス語の時代にすでに形づくられ始めていました。
- 多くの黙字
- 綴りと発音のずれ
- 複雑な動詞活用
- 名詞の性
- 形容詞や過去分詞の一致
これらは、突然生まれたものではありません。古フランス語の時代には、現在では発音されない語末子音の多くが、まだ発音されていました。しかし、時代が進むにつれて音声は簡略化され、発音されなくなった一方で、文字としては残り続けました。
その結果、現代フランス語では綴りと発音の差が大きくなりました。
また、古フランス語ではラテン語由来の文法構造がまだ比較的強く残っていました。時代とともに文法は簡略化されましたが、「名詞の性の区別」「動詞の活用体系」などは現代まで受け継がれています。
語彙の面でも、古フランス語は現代フランス語に大きな影響を残しました。日常語の中には、古フランス語の時代から形を変えながら使われ続けているものが数多くあります。
このように古フランス語は、現代フランス語の形成に大きな影響を与えた重要な言語なのです。
8. まとめ
古フランス語とは、9世紀から14世紀ごろにかけて使われていた、現代フランス語の祖先となる言語です。
その成立には、次のような要素が関わっています。
- ラテン語
- 俗ラテン語
- ケルト語の影響
- フランク人の影響
- 地域ごとの言語差
また、古フランス語には、現代フランス語とは異なる特徴が多くありました。
- 格変化が一部残っていた。
- 現在の黙字が発音されていた。
- 地域差が大きかった。
- 文法がより複雑だった。
しかし同時に、そこにはすでに現代フランス語につながる基盤がありました。
古フランス語とは、フランス語の過去そのものです。現代フランス語をより深く理解したいなら、その祖先である古フランス語を知ることが大切になります。



