#5 中期フランス語とは?|フランス語コラム

フランス語の歴史は一般的に古フランス語、中期フランス語、そして現代フランス語と、いくつかの段階に分けて語られます。
古フランス語が現代フランス語の基礎を築いた時代だとすれば、中期フランス語は、そこから現代フランス語により近い形へと大きく変化していった時代だと言えます。
現代フランス語に見られる綴りと発音のずれ、多くの黙字、そして文法の標準化などの特徴も、この時代に大きく形づくられました。
この記事では、中期フランス語とは何か、いつ使われたのか、どのような特徴があったのか、そして現代フランス語にどのような影響を与えたのかを解説していきます。
1. 中期フランス語とは?
中期フランス語(Middle French)とは、一般的に14世紀から17世紀初頭ごろまで使われていたフランス語を指します。
厳密な年代区分には多少の違いがありますが、多くの場合、以下のように整理されます。
- 古フランス語:9世紀〜14世紀
- 中期フランス語:14世紀〜17世紀
- 近代フランス語:17世紀以降
つまり、中期フランス語は、古フランス語と現代フランス語の間に位置する過渡期の言語です。
この時代のフランス語は、古フランス語よりも現代フランス語にかなり近づいていましたが、まだ綴りや文法には多くの揺れがありました。
2. 古フランス語から何が変わったのか
中期フランス語を理解するには、まず古フランス語との違いを見る必要があります。
古フランス語は、現代フランス語と比べると、文法的にかなり複雑でした。特に特徴的だったのが、ラテン語の影響を残した格変化です。
古フランス語では、名詞に主格と斜格の区別がまだ部分的に残っていました。しかし、中期フランス語の時代になると、この格変化がほぼ消滅します。
その結果、文の意味を示すために、次の要素がより重要になりました。
- 語順
- 前置詞
- 冠詞
これは現代フランス語にかなり近い仕組みです。
例えば、ラテン語では語尾変化によって文法関係を示せましたが、中期フランス語以降は、単語の並び順がより重要になっていきました。この変化によって、フランス語の文法は徐々に簡略化されていきます。
3. 綴りと発音のずれが広がった
中期フランス語の時代には、綴りと発音の差が大きくなっていきました。なぜなら、発音は変化し続けていた一方で、文字表記はそれほど速く変化しなかったからです。
特に大きかったのが、語末子音が発音されなくなったことです。例として、現代フランス語の次の単語を見てみましょう。
- petit(小さい)
- grand(大きい)
- froid(寒い)
- beaucoup(たくさん)
現在では、それぞれ語末の t /d /d /p は通常発音されません。しかし、歴史的にはこれらの子音の多くが、古い時代には実際に発音されていました。
中期フランス語の時代に入ると日常会話の中で語末子音が徐々に弱まり、やがて発音されなくなっていきますが、綴りはそのまま残りました。
さらに、学者や書記官たちは単語のラテン語起源を示すために、綴りを意図的に複雑にすることもありました。一部の文字は発音のためではなく、語源を示すために追加されました。
- temps(時間):ラテン語 tempus
- doigt(指):ラテン語 digitus
- hôpital(病院):ラテン語 hospitale
この結果、フランス語の綴りには「実際の発音」と「歴史的な語源」が同時に含まれるようになります。これは、現代フランス語の正書法にもそのまま引き継がれています。
4. ルネサンスが語彙を大きく変えた
中期フランス語の時代は、ルネサンスとも重なっています。
ルネサンス期のヨーロッパでは、古代ギリシア・ローマの学問や文化が再評価されました。
この影響はフランス語にも及びます。学術、哲学、医学、法律などの分野では、ラテン語やギリシア語由来の語彙が大量に流入しました。
この時期に、多くの知的語彙がフランス語に加わりました。ラテン語・ギリシア語由来の語としては、次のようなものがあります。
学術・哲学
- philosophie(哲学)
- théorie(理論)
- logique(論理)
医学・科学
- médecine(医学)
- anatomie(解剖学)
- chirurgie(外科)
政治・法律
- justice(正義・司法)
- constitution(憲法・構成)
- autorité(権威)
こうした語彙の流入によって、フランス語は日常会話だけでなく、学問や文学を支える言語としての力を強めていきました。
特に、抽象的な概念を表現する語彙が大幅に増えたことは重要です。古フランス語では日常生活に密着した語彙が中心でしたが、中期フランス語では、
- 思想
- 科学
- 芸術
- 政治
を語るための語彙が急速に増えていきました。この語彙の拡張こそが、後にフランス語が外交・哲学・文学の言語として高い地位を持つ土台となりました。
5. パリ方言の影響が強まった
中世フランスには、多くの地域言語や方言が存在していました。
当時のフランスでは、全国で同じフランス語が話されていたわけではありません。地域によって発音、語彙、文法に違いがありました。
北部ではオイル語系、南部ではオック語系の言語が広く使われており、同じフランス国内であっても、言葉がかなり異なっていたのです。
しかし、中期フランス語の時代になると、政治的中心であるパリの影響力が急速に強まります。
特に、王権の中央集権化が進むにつれて、行政、司法、教育、文学の中心がパリへ集まりました。その結果、パリ周辺、特にイル=ド=フランス地方で話されていたフランス語が、徐々に社会的な権威を持つようになります。
さらに、印刷技術の普及もこの流れを加速させました。書籍や文書が大量に複製されるようになると、より広い読者に通じる「共通の言語」が必要になったからです。
こうしてパリの言語は単なる地域方言ではなく、「標準的なフランス語」の候補としての地位を確立していきました。
この流れが、後の標準フランス語につながります。つまり、現代標準フランス語の基盤はこの時代に形成されたのです。
6. ヴィレール=コトレの勅令
中期フランス語を語るうえで、1539年のヴィレール=コトレの勅令(Ordonnance de Villers-Cotterêts)は欠かせません。
これはフランソワ1世によって発布された勅令であり、行政文書や司法文書において、ラテン語ではなくフランス語を使用することが定められました。
それ以前、公的文書ではラテン語が広く使われていました。ラテン語は長い間、学問、宗教、法律の共通言語として機能していたからです。
しかし、この状況には問題もありました。ラテン語を理解できるのは、主に聖職者や高等教育を受けた一部の知識層に限られていたため、多くの一般市民にとって、公的文書の内容は非常にわかりにくいものでした。
そのため、フランソワ1世は行政の効率化と国家統治の強化を進めるために、より実用的な言語としてフランス語を採用しました。
これにより、フランス語は単なる日常会話の言語から、国家運営を支える公式言語へと大きく地位を高めます。
7. 中期フランス語から近代フランス語へ
17世紀になると、フランス語はさらに標準化されていきます。
中期フランス語の時代には、綴りや文法にまだ多くの揺れがありました。同じ単語でも、書き手によって綴りが異なることは珍しくありませんでした。
しかし、国家の中央集権化がさらに進み、フランスがヨーロッパの強国として台頭する中で、統一された言語規範が求められるようになります。
この流れの象徴が、1635年に設立されたアカデミー・フランセーズです。この機関は、フランス語の語彙、綴り、文法、正しい用法を整えることを目的として設立されました。
アカデミー・フランセーズの役割は、単なる辞書作りではありません。その目的は、フランス語を「明確で、洗練され、論理的な言語」として整備することにありました。この思想は、17世紀フランスで重視された古典主義の精神とも深く結びついています。
また、この時代には教育制度や出版文化も発展し、標準フランス語が全国へ広がっていきました。
こうして、フランス語は近代フランス語の時代へ入っていきます。
8. まとめ
中期フランス語とは、14世紀から17世紀初頭にかけて使われたフランス語です。この時代は、古フランス語から現代フランス語へ移行する重要な過渡期でした。
主な特徴を整理すると、次のようになります。
- 古い格変化が消失した
- 語順と前置詞が重要になった
- 語末子音が発音されなくなった
- 綴りと発音のずれが広がった
- ラテン語・ギリシア語由来の語彙が増えた
- パリ方言が標準語の基盤になった
- 国家レベルでフランス語が公用化された
中期フランス語は、現代フランス語が生まれる直前の変革期とも言えます。中期フランス語を学ぶことで、現代フランス語の特徴がより理解しやすくなります。




